大阪高等裁判所 昭和55年(う)81号 判決 1980年7月29日
被告人 大東健治 外二名
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人米田の弁護人幸節静彦、同橘一三作成の各控訴趣意書、被告人大東の弁護人志賀親雄作成の控訴趣意書、同補充書(二通)、被告人下糀の弁護人中垣清春作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、検察官の答弁は、検察官武内竜雄作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。
一 原判示第二の恐喝の事実に関する論旨(志賀弁護人の控訴趣意第四点、中垣弁護人の控訴趣意四の(一))について
各論旨は、(一)被告人大東については、原判示の同被告人らの言動は中林政一の布引ホテルに対する所有権を危殆に陥れる現実性のあるものではなく、中林を困惑させる程度のものにすぎなかつたから、恐喝罪の手段たる脅迫行為と認めるべきではないのに、原判決がそのように認定したのは事実誤認である、(二)被告人下糀については、恐喝の犯意、共謀がなく、脅迫行為も行つていないのに、原判決が共謀による恐喝罪を認定したのは事実誤認である、というのである。
調査するのに、被告人大東、同下糀の両名が中林豊成に対し原判示のような言葉をこもごも述べて原判示の金員を要求したことは、原審証人中林豊成、同横山泰敏の供述によつて明らかであり、また、右の言葉は、譲渡担保として所有名義を債権者側に移されている債務者に対し、所有権を回復することが不能又は著しく困難になると感じさせるに足るものというべきであり、そうである以上、恐喝罪の手段たる脅迫にあたるというほかないから、原判決が右被告人両名につき恐喝の共同実行の事実を認めたのは相当である。右認定に反する右被告人両名の原審公判廷の各供述をはじめとする関係各証拠は、前記各証言及び原判決挙示の関係証拠によつて認められる客観的事態の推移に沿わず、措信することができない。論旨はいずれも理由がない。
二 原判示第三の一の背任の事実に関する論旨(志賀弁護人の控訴趣意第一点)について
論旨は、被告人大東がした本件土地についての抵当権設定行為は、性質上北江政一の残存所有権を終局的に失わしめるものではなく、また、単に銀行側に融資の形式を提供する趣旨でしたものであつて、同被告人には十分に債務を弁済する資力があつたから、任務の違背及び図利加害の目的がなかつたと認めるべきであるのに、原判決がこれらを肯定して背任罪の成立を認めたのは法令の適用を誤つている、というのである。
検討するのに、貸金債権の担保のため、狭義の譲渡担保として債務者から土地の所有権を譲渡された場合、債権者は、担保の趣旨において所有権を信託的に譲渡されたものであるから、債務の弁済に至るまで債務者のためにその土地を保全し、従前の状態で所有権を返還すべき任務を負うことは当然である。ところで、関係証拠によると、本件の場合、債権者たる被告人大東は、北江政一に対し金員を貸与するに当り、右のような趣旨で債務者たる右北江から原判示土地の所有権を譲渡され自己名義に所有権移転登記を得てこれを保全中、自己の債務のためその土地につき根抵当権設定契約及び停止条件附代物弁済契約を締結し、その本登記及び仮登記を了したものであつて、このような担保設定行為は、土地に物的な負担を附し、債務の弁済時に債務者に対し従前の状態のままこれを返還することができないこととなる危険性を含む行為であるから、債権者がこうした行為を行うことは許されないものというべきである。所論は、債権者は債務者に残存する所有権を損わない限度の行為をすることができると主張するが、右のような担保設定行為は、まさに債務者に留保された所有権を損う行為と解されるのである。したがつて、被告人大東の前記行為は、債務者のために土地を保全するうえでの任務に背くものであり、しかも、その性質上当然に自己の利益のために行つたものと認めるのが相当である。所論のように被告人大東が十分な資力を有していたか否かは、右の認定と関係する事柄ではない。論旨は理由がない。
三 原判示第三の二の恐喝の事実に関する論旨(幸節弁護人の控訴趣意第一点、志賀弁護人の控訴趣意第五点、中垣弁護人の控訴趣意四の(二))について
各論旨は、(一)被告人米田については、北江政一が原判示の借金二、二一〇万円の調達に窮したうえ、被告人大東、同下糀から原判示の土地の取込み工作に遇い、弁護士磯田亮一郎を通じて融資と仲裁とを依頼してきたため、北江の意思をくんで仲裁と融資をしたにすぎず、恐喝の行為も犯意もなく、被告人大東らとの共謀の事実もない、(二)被告人大東については、原判示のように虚構の事実によつて仮処分決定を得た事実も北江の財産等に差し迫つた危害を加える旨の脅迫行為をした事実もなく、また、被告人のした行為は権利の行使の正当な範囲内の行為であつて、恐喝罪を構成しない、(三)被告人下糀については、恐喝の行為、犯意、共謀の事実はいずれも存在しない、というのであつて、原判決が被告人ら三名について恐喝罪の成立を認めたのは事実誤認であると主張するのである。
まず、被告人大東、同下糀に関して調査するのに、原判決の挙示の関係証拠によると、右両名は、共謀のうえ原判示のとおり、虚偽の事実を理由として北江政一に対し本件土地につきその使用及び占有の妨害禁止等仮処分決定を得たうえ、昭和四一年九月一〇日ころ大東ビル及び高橋洋子方において、こもごも右北江に対し、同人が本件土地に工事をしたために費用がかかつたなどと根拠のない難くせをつけたり、本件土地を処分するなどと言つて脅したあげく、三、三〇〇万円と右土地の売却代金から右金員を差引いた金額の半分とを渡すように要求し、もしこれに応じなければ右土地を処分するとの態度を示して脅迫し、同年一〇月中旬朝日興業株式会社応接室においても、同様被告人大東において右土地を処分するなどといつて脅迫し、遂に本来ならば元利金二、二一〇万円で所有名義を取戻せる本件土地について六、五〇〇万円もの多額の金員を支払う旨北江に約束させたものであつて、右被告人両名について共謀による恐喝罪が成立することは明らかである。所論は、北江には本来の元利金さえも弁済する能力がなく、本件土地を失うほかなかつたのであるから、弁済期以後に被告人らにおいて元利金を上廻る金員を要求しても不当視するいわれはないかの如く主張するが、前記証拠によると、北江は、右弁済期に被告人米田の援助を受けて元利金を供託しようとしたのに、被告人ら三名の話合いで事を決する旨の意向を受けて供託を取り止めたものであるから、右主張は失当である。所論はまた、被告人大東、同下糀の言辞は北江を困惑させた程度のものにすぎず、恐喝にはあたらないと主張するが、すでに本件土地の所有名義が被告人大東に移つており、同人の同意がなければこれを取戻すことが不可能又は著しく困難な状況下に置かれた北江にとつて、所有名義を更に他に移転するとの態度を示されることは脅迫以外の何ものでもないから、この点の所論も失当である。また、所論は、被告人大東の本件金員の要求は権利の行使の正当な範囲内の行為であると主張するが、右要求が権利の行使として行われたものでないことは右認定の金員要求に至る経緯自体に徴し明らかであるから、右所論も失当である。以上の認定に反する右被告人両名の原審での供述は、客観的な事態に反する点が多く、措信することができず、他に右認定を左右しうる証拠はない。
次に、被告人米田に関して調査するのに、確かに当初同被告人は北江の弁護人の依頼に応じて北江の供託金を用意するなどの態度をとつていたことは所論のとおりであるが、北江と被告人大東らとの交渉に介入してからは、被告人大東、同下糀の前記のような不当な要求と脅迫を目撃しながら、これを制止しないばかりか、原判示のとおり、被告人大東に対し「登記を完全にしとけ」などと申し向けたり、北江に対し自分が仲介の役を下りれば所有名義の回復の望みがなくなる旨を告げたりしつつ、不当に高額な金員の支払を北江に迫り、遂に北江にその支払を約束させ、かつ、自ら利息名下に多額の利得を得ていることが原判決挙示の関係証拠により明らかであるから、被告人米田が共同正犯者として責任を負うべきことは当然である。右認定を覆すに足りる証拠は存在しない。
以上の次第で、論旨はいずれも理由がない。
四 原判示第四の一の詐欺の事実に関する論旨(幸節弁護人の控訴趣意第二点)について
論旨は、(一)本件土地の買主又は本件金員の貸主は大本こと孫圭鎬であつて、被告人米田ではないから、同被告人について原判示の詐欺罪が成立することはなく、(二)右の買主、貸主がかりに被告人米田であつたとしても、同被告人には当初から本件土地を作為的に担保流れに陥れる意図はなく、詐欺の犯意を欠くから、原判決には事実の誤認がある、というのである。
調査するのに、原判決の挙示する関係証拠によると、所論の点を含めて原判決が判示しかつこの点について説示するところはすべて正当と認められる。特に、本件土地の所有名義を、孫圭鎬の経営する木本総業株式会社の従業員清水嘉寿に移したのは、被告人米田から所有名義を孫に移しておいてほしいと頼まれた同人が被告人米田の意図を察して工作したことと認められるから、本件貸金の債権者が被告人米田であると認定することの妨げとなるものではない。また、被告人米田が李斗玉と貸金契約を締結する際にすでに本件土地の返還に応じない旨の意思を固めていたことは、特に、その買戻し期限前から本件土地の隣接地を買収しようとする行動に出ていたこと、自己の使用人等に対し債務者が買戻し期限に債務の弁済に来ても不在であるといつて断わるよう指示していたこと、自分の周囲の者に本件土地を取り込んでホテルを建てるつもりであるともらしていたこと、本件土地の所有名義を第三者に移していることなどに徴し、十分にこれを推認することができる。論旨はいずれも理由がない。
五 原判示第五の一の預金等に係る不当契約の取締に関する法律違反の事実に関する論旨(志賀弁護人の控訴趣意第二点、第三点)について
論旨は、(一)右法律二条一項違反の罪は、預金等をする者についてしか成立しないものであつて、預金等をすることについて媒介をする者がこの罪に加功しても共犯が成立する余地がないのに、原判決が媒介をした者又はこれに加功した者にあたる被告人大東を一項違反の罪の共同正犯者としたのは法令適用を誤つている、(二)右の正しい法解釈によると、原審が、当初右法律二条一項違反の罪の単独犯として起訴された被告人大東の訴因、罰条を同法二条一項違反の罪の共同正犯の訴因、罰条に変更することを許可したのも、訴訟手続の法令に違反している、(三)被告人大東が特定の第三者たる道央水産食品株式会社ないし株式会社道央ビルデイングと通じていたと認めるべき十分な証拠がないのに、原判決がこれを認めたのは右法律二条一項の解釈を誤つたか事実を誤認したものである、というのである。
まず、(一)及び(二)の点について検討するのに、預金等に係る不当契約の取締に関する法律二条一項と同条二項は、共にいわゆる導入預金の契約を禁止した規定であつて、その契約の当事者の点で違いがあるにとどまることが、規定上明白である。すなわち、同条一項は、金融機関に預金等をする者に対し、当該金融機関を相手方として導入預金の契約をすることを禁止しているのに対し、同条二項は、金融機関に預金等をすることについて媒介をする者に対し、当該金融機関を相手方として導入預金の契約をすることを禁止しているのである。そうしてみると、金融機関に預金等をする者とその預金等をすることについて媒介をする者とが意思を通じて当該金融機関を相手方として導入預金の契約をした場合において、一項と二項のいずれに違反することとなるかは、右の契約が預金等をする者と金融機関との間になされたものと認められるか、媒介をする者と金融機関との間になされたにとどまるものと認められるかによつて決せられる事柄であるから、前者の場合において媒介をした者が一項違反の罪の共犯者として責任を負う場合のあることは当然である。本件の場合、預金者である被告人米田と小樽信用金庫との間に、金融ブローカー小林正雄らを介して導入預金の契約が締結されたことは証拠上明らかであり、かつ、被告人大東が右契約の締結に関し被告人米田と意思を通じてこれに共同加功したことも証拠上明らかであるから、被告人大東は、右法律二条一項違反の罪の共同正犯者としての責任を負うべきものである。したがつて、(一)及び(二)の論旨はいずれも理由がない。
次に、(三)の点について検討するのに、右法律二条一項にいう「特定の第三者と通じ」とは、直接に又は媒介者を介して間接に特定の第三者と通じることを意味し、また、媒介者を介して特定の第三者と通じたというためには、預金者本人については、第三者への融資のために預金をするという相互依存関係の認識があれば足り、特定の第三者が誰であるかの認識までも必要とするものではない。本件の場合、原判決挙示の関係証拠によると、被告人大東も預金者たる同米田も、第三者への融資のために預金をするという相互依存関係を認識しつつ、金融ブローカー小林正雄らを介して原判示の特定の第三者と通じたことが明らかである。(三)の論旨も理由がない。
六 原判示第五の二の強要の事実に関する論旨(幸節弁護人の控訴趣意第三点)について
論旨は、被告人米田は小樽信用金庫側の態度から同金庫に対する二億円の定期預金の払戻しができなくなるとの危惧を抱き、自己の権利を守るために止むなく原判示の言動に出たものであるから、その行為は正当な権利行使、正当防衛又は可罰的違法性を欠くものと認めるべきであるのに、原判決が違法性を肯定したのは事実誤認である、というのである。
調査するのに、原判決の挙示する関係証拠によると、被告人が原判示のような言辞を弄したこと、当時小樽信用金庫(札幌支店)では多額の導入預金が発覚して警察の捜査を受け、その事情が公になることを極度に恐れて善後策を検討中であつたこと、被告人米田の定期預金は右金庫の帳簿に記載されておらず、金庫側でも当時その事実を確認することができない状況であつたこと、被告人米田の定期預金はいわゆる導入預金であつて、その法的処理について金庫側で更に検討を加える必要があつたことなどが明らかに認められる。そして、このような事実関係のもとでは、金庫側が調査のうえ被告人米田の定期預金の払戻しに応じる旨の態度をとつたのはやむを得ないと認められるから、被告人米田が金庫側の弱身につけ込み原判示のような言辞を用いて原判示の誓約書を強引に書かせたのは義務のない行為を強要したものというべきであり、これを正当な権利行使、正当防衛又は違法性を欠く行為とみるのは相当でない。論旨は理由がない。
七 原判示第六の二の所得税法違反の事実に関する論旨(橘弁護人の控訴趣意第一)について
論旨は、被告人米田が山田正光から神戸観光ホテルの売買に関して受取つた五、〇〇〇万円は仲介手数料ではなく、右売買に伴う抵当権抹消等の費用であるから、これを被告人米田の所得に含めた原判決の認定は事実誤認である、というのである。
調査するのに、原判決挙示の関係証拠就中山田正光の検察官に対する供述調書(昭和四三年六月二八日付、同年八月一三日付)及び被告人米田の検察官に対する供述調書(昭和四三年九月一六日付、同年一〇月三日付)によると、所論の五、〇〇〇万円は、被告人米田が神戸観光ホテルの土地建物を山田に仲介するに際し手数料として受取つたものであり、所論のように費用として受取つたものでないことが明らかである。これに反する右両名の原審公判廷での供述は捜査段階での供述の変更理由について納得させるに足りる点を欠き信用することができない。論旨は理由がない。
八 量刑に関する論旨(幸節弁護人の控訴趣意第四点、橘弁護人の控訴趣意第二、中垣弁護人の控訴趣意五)について
各論旨は、被告人米田、同下糀に対する原判決の刑が重過ぎる、というのである。
調査するのに、被告人両名の各犯行の罪質、態様、動機、結果、果した役割などに徴し、犯情は重いというべく、執行猶予を付した原判決の各懲役刑(三年及び一年六月)及び被告人米田に対する原判決の罰金刑(三、五〇〇万円)が重過ぎるとはとうてい考えられない。論旨はいずれも理由がない。
よつて、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。
(裁判官 瓦谷末雄 香城敏麿 竹澤一格)